Books アンデス、メソアメリカ関連図書情報 |
桜井 敏浩
『アメリカ大陸古代文明事典』
関 雄二・青山 和夫編著 岩波書店 2005年5月 372頁 6,300円+税
先スペイン期の南北アメリカ大陸にあった古代文明は、北米はプエブロ等、メソアメリカはメキシコのアステカ、中米の各地マヤ、グアテマラから中米南部を経て、コロンビアやエクアドルなどの中間地域、そしてペルー、ボリビア各地の北・中央アンデス、チリやアルゼンチンに至る南アンデスまで、各地に多数の遺跡などが残っている。第1部の遺跡や文化解説の地域編では、各地の遺跡を地域、時代、中核地と周辺領域に整理し、カラー写真や図版を多く用いてそれぞれに簡潔、明解な解説をしている。
続く第2部は用語編として、中米と南米それぞれの文化を理解するうえに有益な用語を平明に、こちらも豊富な写真・図とともに解説している。付録として、懇切な南北アメリカの古代文明編年表や参考文献リスト、和欧文索引が付く。
古代アメリカ文明にある程度通じた者も、初めて関心を持ち始めた者にも、大変有用かつ楽しめる文明事典である。
〔桜井 敏浩『ラテン・アメリカ時報』 2005年7月号掲載 (社)ラテン・アメリカ協会発行〕
『メキシコを知るための60章』
吉田 栄人編著 明石書店 356頁 2005年2月 2,000円+税
これまでラテン・アメリカ関係では、ブラジルやペルー等6冊が出ているエリア・スタディーズの最新刊だが、このメキシコ編はミニ百科事典的に紹介するものとはしないで、民俗舞踊に代表されるフォークロア(民俗文化)を切り口にして、メキシコ革命後のナショナリズムと結びついて民俗芸能が実際に行われている状況を、地理・社会・文化的背景、スペイン植民地支配下での先住民文化の変容、国民的な民俗芸能に作り上げられていった歴史的過程とそれへの国家との関わりを広く解説している。
終章では、現在のメキシコが抱える諸問題 ―債務危機、NAFTA・マキラドーラの光と影、出稼ぎや北への越境者、チカーノ(メキシコ系米国人)の増大などを概観し、メキシコのナショナリズムの再構築の方向を探っている。
世界に流布したメキシコ・イメージが形成されるに至った背景から、メキシコという国を知らしめるという試みは、読み物としても興味深い。
〔桜井 敏浩『ラテン・アメリカ時報』 2005年4月号掲載〕
『メキシコの大地に消えた侍たち ―伊達藩士・福地蔵人とその一族の盛衰』
大泉 光一 新人物往来社 2004年5月 224頁 2,500円+税
17世紀初期、朱印船貿易に従事した商人や、関ヶ原の戦いで敗れた武士、弾圧が始まって海外に逃れ、あるいは追放されたキリシタン達が、ルソンやシャム、ジャガタラに多く移住したが、ごく一部は中南米まで足跡を伸ばしたことが窺える。
そういった状況の中にあって、著者がメキシコのグアダラハラ公文書館で発見した1634年の共同経営契約書の一方の当事者ルイス・デ・エンシオが、実は福地蔵人という日本人であったことを知る。 著者がメキシコとスペインで採録した歴史資料によって、彼が1613年に伊達政宗が派遣した支倉常長率いる慶長遣欧使節団がメキシコを通った際に残留した随行員の一人であったことを突き止める。
本書は1633年の徳川家光の鎖国令で帰国の道を閉ざされた、この伊達藩士と女婿の大阪出身日本名不詳の商人の、一族の繁栄と衰亡を明らかにしたものであり、400年近く前に遠い異国で国際共同事業を営んだ侍の姿を彷彿とさせる。
〔桜井 敏浩 『ラテン・アメリカ時報』 2005年8月号掲載〕
『メキシコ 民族の誇りと闘い ―多民族共存社会のナショナリズム形成史』
山崎 眞次 新評論 2004年9月 316頁 3,200円+税
「かくも天国に遠く、かくも米国に近い国!」と揶揄されるメキシコのナショナリズムは、単純な反米意識だけでない。その形成を、民族意識や歴史観をめぐる史上様々な事件や事象―古代史から人種、民族、宗教、経済発展、資源問題、国際関係など多岐な観点―から、捉えようとするものである。
コルテスのアステカ征服を助けたトラスカル族、スペイン統治に不満をもつクリオーリョに担がれて最初の謀反を起こしたコルテスの息子、コルテスやアステカ最後の皇帝クァウテモクの遺骨の評価、メキシコ人の宗教上の拠りどころであるグアダルーペの聖母信仰、米国との戦争時に首都の要塞で全員戦死した英雄幼年兵への賛美、外国石油企業の国有化、教育改革と歴史教科書における過去の事象評価の変化といった事例から、メキシコのナショナリズム形成の歴史が、世界でも希な多民族共存社会を築いてきたことを解説しているが、歴史の多岐な局面を縦横に分析した豊富な内容は読み物としてもおもしろい。
〔桜井 敏浩『ラテン・アメリカ時報』 2005年2月号掲載 (社)ラテン・アメリカ協会発行〕
『南のポリティカ ~誇りと抵抗』
上野 清士 ラティーナ 2004年11月 255頁 1,905円+税
1990年からグアテマラ、メキシコに12年間居住した筆者が、ラテン音楽誌『ラティーナ』に現地から精力的に送り続けたラテン・アメリカ ルポの連載の中から選んだ37編を収録したもの。筆者の得意とする中米だけに留まらず、メキシコ、カリブ海諸国、南米各国はもとより、日本や欧米、世界との関わりにまで視点を拡げ、現在起きている社会、政治、経済、文化にわたる様々な事例から、その背後にある不条理をえぐりだそうとしている。
中米やハイチ等の紛争で起きた悲惨な殺戮や混乱、貧困と危険の中で生きること自体が難しいラテン・アメリカ社会の底辺までも取材しながら、信条を力説し観念論で弁じるのではなく、ラテン・アメリカの歴史や地域事情についての広範かつ精度の高い知識に基づいて冷静に分析している。懇切な脚注も付いていて、どの項から読み始めても、それぞれ示唆に富む読み物になっている。
〔桜井 敏浩 『ラテン・アメリカ時報』 2005年2月号掲載〕
『チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記 増補新版』
エルネスト・チェ・ゲバラ、棚橋加奈江訳 現企画室 2004年9月 219頁 2,200円+税
『トラベリング・ウィズ・ゲバラ 革命前夜―若き日のゲバラが南米旅行で見た光景』
アルベルト・グラナード、池谷律代訳 学習研究社 2004年10月 267頁 1,900円+税
1951年の年末、23歳のゲバラと友人でバイクの持ち主であるグラナード(後に生化学者となり、キューバを中心に研究や医学研究機関の設立などで活躍)は、7ヶ月間に南米を周遊するモーターサイクルでの旅に出る。彼らが克明に書き残した旅行日記は、若き日のゲバラ本人の記述とともに友人の目から描いた旅の同じ日々の記録であることから、合わせ読むと一層興味深い。中産階層出身でありながら、その後革命家への道を歩んだゲバラの生き様の根にあるものは何であったかを知る手がかりになるだろう。
アルゼンチンからチリ、ペルー、コロンビアを経てベネズェラに至る、行き当たりばったりの貧乏旅行のそれぞれによる詳細な記述は、青春旅行のおもしろさとともに、二人のその後の生き方を考えれば、社会の矛盾に目覚め政治に批判的な目を持ち始めた二人の成長の出発点を知ることができる。
〔注〕このゲバラの旅行日記を原作に、映画化された『モーターサイクルダイアリーズ』製作総指揮ロバート・ レッドフォード、監督ウォルター・サレス、主演ガエル・ガルシア・ベルナル (ゲバラ)、ロドリゴ・デ・ラ・セルナ(グラナード)。
グラナードも撮影にあたって助言している) が、2004年秋から日本でも上映され、多数の観客を集 めている。
〔桜井 敏浩『ラテン・アメリカ時報』 2005年2月号掲載〕
『アンデス登攀記 上・下』
ウィンパー、大貫良夫訳 岩波書店(文庫) 上 2004年9月 318頁 800円+税、 下 302頁 2005年1月 700円+税
1865年にマッターホルンの初登頂し、『アルプス登攀記』を書いたイギリスの登山家にして木版画家のウィンパーは、1879年に赤道地帯の北部アンデスに挑み、エクアドル最高峰チンボラソ(6,310m)はじめコトパクシ(5,897m)などを次々に登っている。登攀の難しさ以上に困難がともなうアクセス、気圧計その他の貧弱な装備に苦しめられた19世紀の高山登頂の実情を詳細に記録しているが、まだ知られていなかったアンデスの自然や山村の民俗、地元の官憲や村人との交渉やトラブル、先住民、インカの石器や土器の収集、遺跡訪問などの模様に至るまで、すぐれた観察眼で著した周遊記である。
写真に優るとも劣らない迫力ある自筆の挿絵や地図も多数収録されており、またアンデス考古学者でこの地域での調査・発掘に豊富な経験を有し、自身も登山に打ち込んだ経験がある訳者の訳文は的確かつ読みやすい。
〔桜井 敏浩『ラテン・アメリカ時報』 2005年3月号掲載〕
『土器の唄がきこえるか・ラテンアメリカやきものの旅』
岩国 英子 文・写真 冬花社 2004年12月 235頁 1,800円+税
エクアドルとペルー各地の陶芸家・陶工69人を訪れ、それぞれの制作ぶりを見、語り合い、作陶をともにした紀行。訪れた先は、名の通った陶芸家の工房、製陶工場、大学の美術科の教室ばかりでなく、家族ぐるみの労働で営まれる貧しい村の日用土器作りの粗末な家も多い。拙いスペイン語であっても、やきものを作る者ならではの心が通い合う場面が多くあったという。
陶芸家にありがちな芸術家意識を露出させることなく、南米の貧困と身分格差を真摯に受け止め、出来る限り同じ目の高さで接しようと努めることによって、村の素朴な日常用具のやきものを作っている人たちとも、率直な会話が成り立つ。陶芸の専門用語を避け、平易な表現で、持ち前の行動力できわめて多岐にわたる交流と体験をつづった楽しい紀行である。
〔桜井 敏浩『ラテン・アメリカ時報』 2005年8月号掲載〕