古代アンデスにおける外傷と暴力行動の生物学考古学 |
講師:長岡朋人(聖マリアンナ医科大学准教授)
場所:東京外国語大学本郷キャンパス
アンデスの生物考古学について、インカやワリより古い時代はデータが少なく、パコパンパの研究は最も古い例の一つとなる。
外傷によって死亡率がどのくらい高まっているのかを知ることによって社会が人の行動にどのように影響を与えたのかを評価する手掛かりになる。考古学における暴力や戦争の証拠は、要塞や防御施設、土器の図像などであるが、それらは間接的な証拠である。直接暴力を受けた痕跡は、首や手足の切断、陥没骨折など骨を見て分かる。
外傷が起こりやすい環境がある。性別による違いで女性は50代を超えると骨粗しょう症になりやすい。また、専業による違いで農耕よりも狩猟採集の方が骨折のリスクが高い。社会が複雑になってきて戦争が多く起こったり、階層が分かれていくと暴力の機会が増えていく。環境による食料不足は暴力の頻度を増やし、極端な場合はカリバニズムのきっかけとなる。また、武器の技術が進み、例えば弓矢が出て傷が多くなり、火器が出て致命的な外傷が増えていった。
今までのパコパンパの古人骨の研究で、パコパンパは社会の階層が始まった時代の遺跡ではないかということが分かった。黄金を伴う人骨、赤や青の顔料がかけられた人骨、身長が若干高く、頭蓋変形の人骨も出た。虫歯、貧血、骨折が見られ、殺人もあった。状態がいい70体を調べると、3割が子供であった。平均寿命は25歳だが、高齢まで生きる人もいた。平均身長は男性160cm、女性150cmでペルー形成期の人骨では少し大柄な人達だった。パコパンパの虫歯の割合は20%でアンデスの他の遺跡と同様に非常に高い。アンデスではとうもろこしを酒にして儀礼の時に飲むのが重要だったが、時代と共にとうもろこしの利用は増え、おそらく虫歯の率も増えていった。
骨折についてパコパンパとカハマルカを比較して、時代と共に外傷の痕跡が深刻なものになり、また、パコパンパの時代まで遡るという事を示すことができた。陥没骨折と共に出てくる頭蓋穿孔という外科手術も同時に残るようになった。アンデスの暴力行動は次第に酷さを増し、同時に治療の仕方も発達して世界に例を見ないような発展の仕方を遂げた。
貧血は骨に影響が残る場合がある。クリブラオルビタリアは、慢性的な鉄欠乏性貧血や巨赤芽球性貧血を原因として骨髄が増殖し、眼窩の上の骨に穴が開くことである。パコパンパの27体の人骨で3体に穴が開いており、1割の人に貧血の痕跡があった。これはペルー海岸部と比べると低い頻度であり、海抜2,500mの高地にあるパコパンパは鉄や栄養の欠乏が少なかった。クリブラウルビタリアの原因は鉄やビタミンの欠乏が原因として考えられるが、近年ビタミンによる欠乏による解釈がより説得力がある。
パコパンパにおけるカリバニズムについて、動物骨と一緒に出土した人骨の傷や廃棄、保存のパターンを調べた。その骨が食べられた動物と同じ扱いにされていたかどうかでカリバニズムを間接的に調べる事ができる。解体した頻度を人とラクダ科動物で比較していくと、人と動物で同じように骨が破砕されており、通常の動物の解体と同じように人も解体されていたと考えられる。食べられた理由だが、クリブラオルビタリアやエナメル質減形成による歯の栄養障害の痕跡からパコパンパは、飢餓で栄養障害をもたらすような状況は他の地域よりは軽かったと考えられる。儀礼的な理由かは疑問だが、飢餓によって起きたとは今のところ言うことはできない。
今後は、焼けていない骨の同位体やストロンチウムを調べることで人の移動が分かり、埋葬されていた人と食べられていた人を比較し、食べられていた人の素性を調べることができるかもしれない。