アンデス・メソアメリカの本 『チャスキ』42号 |
桜井 敏浩(会員)
『メソアメリカ先古典期文化の研究』
伊藤 伸幸 渓水社 2010年2月 289頁 6,000円+税
著者はメソアメリカ考古学を始めて20年、1990年にメキシコ国立人類学歴史学研究所に留学し、その後たばこと塩の博物館研究員を経て、現在は名古屋大学大学院で歴史を担当する助教を務めているが、本書は2008年に提出した博士学位申請論文の約半分と既発表論考に加筆修正を加えたものである。
まず序章でメソアメリカの範囲と自然、考古学史、先古典期の編年、各地の文化を概説し、研究の目的と方法を述べた後、第1章では建造物を扱い、先スペイン期の都市の特徴から始まり、メソアメリカにおける建築技法、初期の建造物と南東部太平洋側の建造物、メソアメリカにおける特殊な建築材について考察している。第2章は、先古典期の生業で、遺構から見た農耕、出土した植物遺存体や貯蔵穴、考古資料に表現される動物について述べている。続く第3章は、先古典期における権力と信仰で、まず文字資料を紹介した後、王権の起源と南東部太平洋側の権力と抗争、さらに精神文化について考察している。終章では、メソアメリカ先古典期文化の特徴として、文化の特質、先古典期から古典期への移行、そして先古典期文化研究の今後の課題と展望を述べて終わっている。
学術論文であるが各章節とも分かりやすく、また丁寧に論考を積み重ねていて、考古学研究とはこういう論考で組み立て、実証していくものかということが判って、マヤ文明に関心をもつアマチュアが読んでも興味深い。
『ロスト・シティ Z –探検史上、最大の謎を追え』
ディビット・グラン 近藤隆文訳 NHK出版 2010年6月 338頁 2,200円+税
本書の主人公パーシー・ハリス・フォーセット大佐は、20世紀初頭にアマゾン上流地帯の探検に生涯と命をかけた、欧米や南米では著名な探検家である。英陸軍砲兵将校であったが異境の地の探訪に興味をもち王立地理学協会で測量、調査技術、探検家としての技能と知識を得るための講座を受講し、その後協会の支援を受けて1906年から14年にかけてボリビア東部とブラジル国境のアマゾン河源流地帯を探検して探検家としての名声を博したが、第一次世界大戦従軍後の1925年にブラジルのマットグロッソ州でのアマゾン河支流上流地帯の調査に息子とともに赴いたまま行方不明になった。
フォーセットの生い立ち、探検での並はずれた行動力と成果、探検のパートナーとの人間関係などを軸に、同じ時期に行われた幾多のアマゾン、アンデス探検の辛苦と犠牲者輩出の軌跡、互いの競争を詳述しつつ、行方不明後に数多く赴いた捜索隊の無惨な失敗、消息の情報を生涯追い求めた夫人や家族の尽力、虚偽の遺品・遺骨などの証拠発見例、これに著者自身も試みた地理学協会などの記録文書からのフォーセット隊の軌跡の推測と現地調査を交錯させている。
「ロスト・シティZ」とは、フォーセットが堅く信じて探検の目的としたアマゾン上流にあったとされる高度な文明をもった古代の集落跡を意味する。過酷な自然環境では数百年以上前の都市の痕跡が残る筈がないと考えられ、フォーセットの思いこみと見る者が多かったが、著者が訪れたフォーセットが先住民に襲われて終焉の地と目される集落の近くにも、人の手が加わったような盛り土の道路や水路の遺構と思われる痕跡が発掘され、近年には衛星画像や最新科学を駆使した発掘調査や岩窟壁画発見で、アマゾン各地に古代から文明があったことを推測させる研究報告が相次いでいる。(近刊では『アマゾン文明の研究 古代人はいかにして自然との共生をなし遂げたのか』 実松克義 現代書館 2010年3月 がある)
『アマゾンからの贈り物 -矢毒クラーレの旅』
天木 嘉清 真興交易医書出版部 2010年4月 207頁 2,000円+税
アマゾン河流域に踏み込んだ征服者や探検家が驚かされた物の一つに、先住民が操る毒矢がある。獲物を瞬時に動けなくする猛毒ながら、その肉を食べることは問題なく、しかも腐敗を遅くする効果まであるクラーレの原料、作り方、体内での効能の仕組みについては、多くの探険家や科学者が解き明かそうと競った。そして神経と筋肉弛緩との解明が進み、これが手術の際の麻酔に利用出来るまでになり、近代医学の発展に多大な影響を与えるまでに至ったのである、本書は、消毒とならんで外科手術を可能ならしめた二大発見といわれる麻酔の専門医が、その原点に興味をもち、長年調査した成果を一般読者に分かりやすく解説したもので、南米熱帯雨林の樹木から先住民が作り出し矢毒として使ってきたクラーレと、その作り方、未知の薬原料を求める探検家、ドラッグ・ハンターの話しから始まり、それが白人の手に渡り欧米でその毒の本体について生理学者が追求し、神経と筋肉との関係が解明される過程を描いている。そしてこれを医薬品として用いることが出来ないかを探求した医師と患者の挑戦によって手術を円滑に出来るようにする麻酔が可能になるまで、最後はクラーレに代わる新薬や筋弛緩拮抗薬の発見などいまも続く研究を紹介している。
先住民が先祖代々受け継いできた自然利用の知恵の中から、近代世界的に利用されるまで発展したキニーネ(マラリアの特効薬)と同様に、クラーレもまた生物多様性からの恵みの好例であると同時に、未知なるものへの好奇心とその解明に努める多くの人々の飽くなき挑戦のドラマとしても面白い。