アンデス・メソアメリカ関係の本 『チャスキ』 50号 |
2014年12月
桜井 敏浩(会員)
『メソアメリカを知るための58章』
井上 幸孝 明石書店 2014年5月 362頁 2,000円+税
本書はメソアメリカ文明について幅広く解説しているが、古代だけでなくスペイン植民地以降の変容、国家形成と先住民、現在の先住民世界までも俯瞰している。メソアメリカ文明は多様な自然環境の下で農耕を基盤とし、基本的には石器だけで巨大な建造物を含む一大都市文明群を開花させた。古代のオルメカ、マヤ、テオティワカン、アステカ文化の繁栄と衰退の歴史、それらの宇宙観、天文や暦の知識、宗教から栽培植物、工芸、交易と移動、戦争、王権を解説し、スペイン人の征服によるアステカ王国、マヤ都市国家の終焉、植民地支配下でのキリスト教化、社会と文化の変容を概述している。
メキシコおよび中米諸国に分かれて独立後の国家形成の中で、先住民が権力に踏みにじられ翻弄されつつもしたたかに生き、現在に至るまでも独自の文化を持って生き続けていることも紹介している。現代メソアメリカの信仰、祭礼、農耕と儀礼、村落自治制度、都市と先住民村落、織りと装い、遺跡利用と観光開発などいまの姿と、メキシコにおける「先住民」イメージの誤解や思い込みにも言及している。
メソアメリカ文明の盛衰を、最初のアメリカ人の到来から現代に至る時間の縦軸と、横軸として内部の共通性、多様性の両面から、14人の考古学、文化人類学、歴史、地域研究者が分担して執筆した総合的な解説書になっている。
『ラテンアメリカ 越境する美術』
岡田 裕成 筑摩書房 2014年9月 352頁 2,700円+税
ラテンアメリカの美術は、スペイン人による征服という形で異文化が出会ったことから始まった。スペインの都市概念に倣った植民都市が建設され景観は大きく作り変えられ、キリスト教布教のための教会壁画や聖画などの制作を進められるなど、先住民文化は植民地社会が成熟する過程で否定され大規模な破壊が行われたが、伝統文化は変容しつつも継承され、強制されたカトリック信仰、欧州からの異文化のせめぎ合いの中で存在し続けた。ラテンアメリカ美術は、旧世界文明と土着したクリオーリョが創り出した文明、既存の先住民の造形文化という三つの要素から創造されたのだが、特にスペイン直轄のメキシコとペルー副王領を中心に成熟した。
その後独立によって誕生した諸国家は、その歴史と地域性を美術でも表現しようとしたが、他方では民衆美術も力強く育っていった。植民地時代は欧州との連絡が宗主国経由に統制されていたが、独立後は宗主国を通すことなく直接欧州各国との往来が増え、そこから新しい動きが入って第一のグローバル化があり、ラテンアメリカ芸術に大きな影響を及ぼした。一方、インディヘニスモの高まりを含めアイデンティティが模索され、民衆芸術が評価されるなどの美術の世界での時代の変化は、やがてさらなるグローバリゼーションの進展と「アメリカの再発見」を目指す動きを起こす。
美術史の観点から大航海時代以降のラテンアメリカ近代史を、現地フィールドワークの成果と実に多数の図版を示しつつ論じた労作である。
『マヤ・アンデス・琉球 -環境考古学で読み解く「敗者の文明」』
青山和夫・米延仁志・坂井正人・高宮広土 朝日新聞出版 2014年8月 260頁 1,400円+税
『文明の盛衰と環境変動 -マヤ・アステカ・ナスカ・琉球の新しい歴史像』
青山和夫・米延仁志・坂井正人・高宮広土編 岩波書店 2014年9月 258頁 3,200円+税
環太平洋で発達した古代文明の起源、発達、衰退が環境の変化を乗り越えて営まれてきたことを解析するため、年代測定の標準時ともいえるデータを得た福井県水月湖の湖沼堆積物の年縞分析と、マヤ低地、ペルー南部、南西諸島の堆積物試料とを比較することで環境史考察のアプローチを示し、環境がメソアメリカ、アンデス、環太平洋の島嶼の文明史に及ぼした影響の相互の関わりを、環境文明史という新しい学問で構築しようとした研究の報告。
マヤ文明の起源が紀元前1,000年頃にまで遡り、それが干魃により滅びたのではないこと、ナスカの地上絵の製作当時の生活と大規模気候変動を灌漑技術の向上と地上絵による祭祀で乗り越えようとしたという新事実、琉球諸島で長く農耕を行わずに狩猟採集で生活が続けられてきたことなど、歴史の表舞台に立つことなく消えた文明の人類と環境の共生を明らかにしている。
大型研究の成果を、『マヤ・アンデス・琉球』は4名の著者による成果の概説、『文明の盛衰と環境変動』は28人の研究者がそれぞれの地でそれぞれの視点から考察した研究成果を分かりやすく紹介するために纏めたものである。