アンデス・メソアメリカ関係の本 『チャスキ』 51号 |
2015年6月 桜井 敏浩(会員)
『黄金郷を彷徨う -アンデス考古学の半世紀』 “DEAMBULANTES en EL DORADO:Medio siglo dearuqueología andina por los japoneses”
西野 嘉章・鶴見 英成編 東京大学総合研究博物館発行・東京大学出版会発売 2015年1月 151頁 4,200円+税 ISBN978-4-13-023068-1
1958年に泉 靖一東大助教授が組織した第一次アンデス地帯学術調査団以来、半世紀にわたり、先土器時代の「交叉する手の神殿」のコトシュ遺跡、南米最古の黄金装身具が出土したクントゥル・ワシ遺跡をはじめ、継続的な調査によって紀元前3000年頃から5期に分類されるようになった「形成期」を中心に、アンデス東麓、西麓、海岸地帯での多数の遺跡発掘の調査結果から、時代毎の変遷、相互の影響、交流をも比較検討することによって、東京大学のアンデス調査は3000年にわたる文明の様態の解明に大きな役割を果たしてきた。
本書はこの東大のアンデス調査半世紀を記念して開催された東大総合研究博物館はじめ内外の博物館が保有する一級の出土品を集めた特別展のカタログ。
アンデス文明の起源に始まり、チャンカイ文明出土品の収集と研究を重ね天野博物館を創設した天野芳太郎氏、マチュピチュ村の村長として礎を築いた野内与吉氏、日本国内で中南米美術のコレクションBIZEN中南米美術館を創った森下精一氏、初期のアンデス調査に関わった東京大学の泉靖一、寺田和夫教授からのアンデス調査の係累の人たちを紹介し、展示品はコトシュ神殿から始まる「大規模建築」、金などの「金属器」、ペルーでは形成期前期以降作られるようになった「土器」、多様な模様・技法の「織物」を美しいカラー写真と簡潔かつ適切な解説で見せている。各期アンデス古代文化の概説と日本人の考古学調査の紹介も付けて、すべて日本語とスペイン語対訳で記載されており、アンデス文明研究を知るための貴重な資料である。
『アンデス高地にどう暮らすか 牧畜を通じて見る先住民社会』
若林 大我 風響社 2014年10月 66頁 800円+税 ISBN978-4-89489-775-5
本書が含まれるブックレットは、現地に留学、研究を行った若い研究者の体験に根ざした研究成果を発信することを目指している。本書も中央アンデス南部高地の農牧複合社会でのフィールドワークの成果を基に、リャマやアルパカ等のラクダ科動物の飼育、先住民共同体での農牧業の実態を、クスコ市北方の標高3,000~4,000mの範囲で生業を営むパンパリャクタ・アルタと、南東にある6,372mのアウサンガテ山の南・東麓にある4,800~4,900mで牧畜を主に暮らすチリュカに入って調査し、二つの共同体における牧畜を軸とした土地利用のモデル化を行うなどして比較している。
アンデス高地での牧畜の実態調査から、共同体への帰属意識、放牧地利用制度の変化、農業不向きのチリュカの人々の共同体外の耕地へのアクセス、進展した道路整備から外の世界との接触・往来・移住の増大やキリスト教系新宗教の流入による伝統的なカトリズムと癒合した年中儀礼の放棄など、さまざまな社会の繋がりや変化が見えてくることに大きな意義があると指摘している。
『アメリカスのまなざし―再魔術化される観光』
天理大学アメリカス学会編 天理大学出版部 2014 年 12 月 313 頁 2,100 円+税
「観光」は「日常・定住」と逆の「非日常・旅行」であり、近代においては観光は安全かつ快適に定住地を離れ未知の世界を可視化できる合理化がなされるようになったことから神秘性がなくなり「脱魔術化」したといえるが、他方観光の神秘性は守られたり、新たに発見されたり、再創造されるものでもあることを「再魔術化」と名付け、観光という切り口でのまなざしをアメリカ大陸各地での事例によって考察しようとするものである。
2013年の天理大学シンポジウム「創られた観光イメージ-古代文明と開発戦略」での関雄二国立民族学博物館教授による「南米ペルーにおける文化遺産観光とその問題点」はじめ、遺跡・海浜ツーリズムとは違った地域の文化ツーリズムを指向した「メキシコにおける観光開発政策の転換と地域創生-「プエブロス・マヒコス(魅力的な町)プログラムの試み」(小林貴徳愛知県立大)等の基調報告と質疑、「コスタリカの先住民観光-マレク先住民コミュニティーの農村観光と言語保持」(古川義一 在コスタリカ大使館)、「コンタクトゾーンにおける脱魔術化と観光化-メキシコ・キンタナロー州マヤ地域」(初谷譲次天理大)、「切り拓かれるべき自然、包み込む「自然」-カンクン・ホテルゾーンの遺跡公園の見せ方を巡って」(杓谷茂樹 中部大学)など、アンデス、マヤ文明の遺跡保全と観光資源化、メキシコの民俗的祭りや市街の文化的景観の創出などの事例で、市民と住民コミュニティ・考古学者・行政等の多くの関係者の意識の齟齬と相克を、各地で取り組まれている様々な試行を、マスツーリズム批判をもまじえ分析している。