自然人類学から見たアンデス先住民 |
日時:2017年7月15日(土)
講師:篠田謙一(国立科学博物館 副館長 人類研究部長)
場所:東京外国語大学本郷サテライト5F
人体を構成する各細胞の中には核があり、その中に22種類の対になった常染色体と1対の性染色体が納められています。染色体の本体はDNAの連なりです。XとYの性染色体のうち、Y染色体に男性を作る遺伝子があるので、男性はXとYを、女性はX染色体を2本持ちます。対になった染色体のDNAはそれぞれを両親から受け継いでいますがY染色体だけは父から息子に受け継がれることになります。また細胞の中にはミトコンドリアと呼ばれる小器官があり、独自のDNAを持っています。ミトコンドリアは卵子のものが受け継がれるので、ミトコンドリアDNAは母親のものを受け継ぎます。現在ではY染色体を含む核のDNAとミトコンドリアのDNAの分析によって、世界の様々な集団の起源と成り立ちが調べられています。
北米、中米、南米でも先住民のミトコンドリアDNAを分析して、先祖を辿る研究が行われています。初期の分析では、アメリカ大陸にいつごろ、どこから人類が渡っていったかが調べられました。アメリカ先住民のミトコンドリアDNAには5つのタイプがあり、これらはすべてアジア人に見られるものでした。このことはアメリカ大陸の人類がアジアから渡っていったことを示しています。現在では、アジアから移動した人類は、ベージンリア(氷河期に陸地化したベーリング海峡)に8000年ほど閉じ込められ、無氷回廊が出来た約14000年前頃に北米大陸に進出したと考えられていますが、最近では太平洋の沿岸を南下したルートも利用されていたという説も有力です。当初の人口は5000人程度で、中米や南米にまで急速に広がり、人口を増やしました。しかしながら、その後のアメリカ大陸各地間の交流はあまりなかったようで、地域による遺伝子の違いが大きいことも分かっています。最近の核DNA分析の結果も、このミトコンドリアDNAで導かれた結論を概ね支持しています。
私は、地域による集団のDNA構成の違いを利用して、アンデス文明を担った人々の関係を調べる研究を続けています。その結果、アンデスでは古代から北の海岸地域と南の山岳地域に遺伝的な違いがあることが分かってきました。南の海岸は、時代とともに山岳地域の遺伝的な影響が強くなります。その起源については議論のあるインカの人々は、チチカカ湖周辺の集団に類似することが分かりました。彼らは南部山岳地域の集団に起源を持つようです。