アンデス文明を知る手がかりに -参考図書のご案内 |
【アンデス文明研究会報“Chaski”2004年3月特別号掲載】
アンデス文明を知る手がかりに ―参考図書のご案内
桜井 敏浩
インカ、プレインカについてさらにもっと詳しく知りたいという方に、日本で近年出版された図書をいくつか紹介し、さらにアンデス文明の魅力にわけ入る手がかりを示そうというのがこの小文の意図ですが、アンデス文明の内懐はあまりに広く、険しく、まだ現在の知識が及んでいない部分があまりに多いので、きわめて限られた指標に留まります。
なお既刊本の流通期間は短くなってきており、あまり前に出版された本を掲げても、手に入らないことが多いので、ここでは主にここ5年位の間に発行されたものを中心に、それ以前のまだ在庫がありそうなものを少しだけ加えるに留めます。
アンデス文明を知るには、まず主にスペイン征服者等が遺した記録や文献などを中心に研究した“歴史学”、遺跡の発掘などの調査から、科学的裏付けを得て推測を組み立て、解明していく“考古学”、先住民などが現在に遺す生活習慣などから類推する“民族学”からのアプローチがあります。もとよりこれらはお互いの情報をやり取りし、それぞれの手法で検証し、補い、総合的にまとめて研究の精度を高めていくのです。
歴史からのアプローチ
歴史文献からの解説書に『アステカとインカ ―黄金帝国の滅亡』(増田義郎 小学館2002年 3,000円)が読みやすいでしょう。スペイン人征服者たちの凄まじい活躍の原動力、飽くなき黄金への執念が臨場感あふれる読み物になっています。同じく銀への執着と収奪、当時の欧州経済への影響は、『南米ポトシ銀山』(青木康征 中央公論新書 2000年 680円)でよく判ります。『インカ帝国の虚像と実像』(染田秀藤 講談社 1998年 1,600円)、『激動期アンデスを旅して』(シエサ・デ・レオン 岩波書店 1993年 2,816円)も征服者が遺した文献から、『アンデスの記録者ワマン・ポマ ―インディオが描いた<真実>』(染田秀藤・友枝啓泰 平凡社 1992年 3,689円)は逆に被征服者からインカの姿を描き出しています。またインカ期から植民地時代初期に関わる古文書、地方史料を駆使して、政治・社会・経済の面からインカ国家の誕生と拡大、国家組織の諸側面を解説した『インカ国家の形成と崩壊』(マリア・ロストウォロフスキ 東洋書林 2003年 4,500円)は、ペルーの女性歴史学者の手によるものです。
『アンデス文明を学ぶ人のために』(友枝啓泰・染田秀藤編 世界思想社 1997年 2,500円)は、歴史と民族学、文学からの接近、『インカ帝国歴史図鑑 ―先コロンブス期ペルーの発展、紀元1000年~1534年』(ラウラ・ラウレンチック・ミネリ編著 東洋書林 2002年 16,000円)は、エスノヒストリーと考古学の情報を持ち寄った新しい研究成果の集大成です。
歴史小説から入る
歴史研究の成果を小説にしたインカ滅亡史が日本とフランスで出ましたが、インカ文明に興味をもち始めた方にはうってつけかもしれません。『クロニカ ―太陽と死者の記録』(粕谷知世 新潮社 2001年 1,700円)は、優れた文明と国家組織をもちながら文字を持たなかったのは、口承により知識を得、ミイラとの対話により判断を行っていたからだとし、文字をもった文明に敗れていく姿を二人の少年の生涯を通して再現したファンタジーです。一方、『ピューマの影』『クスコの黄金』『マチュピチュの光』から成る『インカ(1)、(2)、(3)』の3部作(アントワーヌ・B.ダニエル 河出書房新社 2003年 各1,800円)は、編集者、歴史小説家と南米考古学者の3人が、映画制作の手法を使って共同執筆したもので、歴史に登場した征服者・被征服者それぞれの内部事情、征服の過程、そしてインカの社会、生活について詳細な描写を交え、迫力ある一大歴史ドラマに仕立てています。
民族学からのアプローチ
民族学からのアプローチは現在の姿から当時の生活を知ろうとするもので、臨場感があって興味深いものです。じゃがいもなどの栽培を見る『インカの末裔たち』(山本紀夫 NHK ブックス 1992年 835円)や家畜から見た『リャマとアルパカ ―アンデスの先住民社会と牧畜文化』(稲村哲也、花伝社/共栄書房 1995年 2,500円)といった当時の人々の生活と生業を思い起こさせるものや、『アンデスの宗教的世界 ―ペルーにおける山の神信仰の現在性』(細谷広美 明石書店 1997年 7,800円)、『神々と吸血鬼 ―民族学のフィールドから』(ナタン・ワシュテル 岩波書店 1997年 2,300円)、『魂の征服 ―アンデスにおける改宗の政治学』(斎藤晃 平凡社 1993年 3,600円)など、先住民の宗教をカトリックに改宗させた征服と植民地化の歴史も、現在に至るアンデス文明の一つの大きな流れです。
考古学からのアプローチ
発掘などから過去の社会の仕組みや生活などの仮説を実証していく考古学からのアプローチも、また意外にスリルに富んだドラマティックな要素を含んでいます。『アンデスの考古学』(関雄二 同成社 1997年 2,800円)は、アンデス文明の通史的な全体を知るに適切な解説です。うち東京大学文化人類学教室が中心になって長年発掘し、米州大陸でおそらく最も古い黄金細工を発見したクントゥール・ワシ遺跡の発掘は、村人による博物館の建設を実現させた実に楽しい逸話もあり、『アンデスの黄金 ―クントゥル・ワシの神殿発掘記』(大貫良夫 中公新書 2000年 880円)が判りやすいのですが、より専門的には『文明の創造力 ―古代アンデスの神殿と社会』(加藤泰建・関雄二編 角川書店 1998年 3,400円)に、日本のアンデス古代文明の研究と発掘の記録の一環として知ることができます。同様に『古代王権の誕生 ―Ⅱ東南アジア・南アジア・アメリカ大陸編』(初期王権研究会編 角川書店 2003年3月 4,000円)は、中央アンデスのモチェやチムーなどの古代文明において、王権と国家の形成、構造、変化を、王墓、神殿、都市などの遺跡の最新発掘調査と文献学の成果によって、総括的に集大成したもので、文字がなかったアンデス文明においても緻密な考古学の成果から、モチェの政治組織や地方支配、都市行政の仕組み、チムーの王都の構造から情報統御システム、星座観測と都市空間構造などを解明しようという専門書ですが、歴史好きの一般の読者にも興味深く読めます。なおアンデスに点在する遺跡の現在の姿を、『インカを歩く』(高野潤 岩波新書 2001年 1,000円)のカラー写真でみることができます。
なお、つい最近出た『ペルーを知るための62章』)(細谷広美編著 明石書店 2004年 2,000円)は、ペルーの歴史、自然、政治経済、文化、日系移民を網羅した判りやすい解説書ですが、はじめの部分で65頁を割いてモンゴロイドの到達から狩猟採集、神殿を造りはじめた形成期からインカに至る歴史を明らかにしています(執筆は関雄二国立民族学博物館助教授)。その後に植民地時代から近代、現代までの歴史が続きます(同 高橋均東京大学大学院教授)。
考古学と民族学が共同で、アンデス文明の図像の主要なモチーフであるジャガーの解明を試みた『ジャガーの足跡 ―アンデス・アマゾンの宗教と儀礼』(友枝啓泰・松本亮三編 1992年 3,200円)や、考古学研究から“時間”を推理した『時間と空間の文明学 ―感じられた時間と刻まれた時間』(松本亮三編 花伝社/共栄書房 1995年 2,233円)は、考古学が単に発掘調査や出土品の鑑定ではなく、そこから過去の文明の精神面まで解明しようとするものであることが判るでしょう。
参考情報
なお、本稿の内容にほぼ先立つ1997年までに出版された本30冊による「アンデス文明史に興味がある方へ 道しるべ図書紹介」という解説が、“オーラ!アミーゴス”(日本ラテンアメリカ文化交流協会/ミュージック・アミーゴス No.35 1997年10月 800円)に載っています。
またこれらの本の多くは、そしてこれから出る本についても、『ラテン・アメリカ時報』(社団法人 ラテン・アメリカ協会発行会員向け月刊誌)の「ラ米関係参考文献紹介」に載せています。
【さくらい としひろ:アンデス文明研究会幹事、古代アメリカ学会(SJEAA)会員、日本日本ラテンアメリカ学会(AJEL)会員】
―図書価格は、いずれも消費税課税前の本体価格
アンデス文明研究会ホームページ http://www.h6.dion.ne.jp/~andes/
【天野博物館友の会『会報』第7号 2003年10月 掲載の記事に加筆。対象は2004年1月末までの出版】