アンデスの聖人崇拝――モノに映し出された信仰の世界を読む―― |
講師 八木百合子 国立民族学博物館機関研究員
場所 東京外国語大学本郷キャンパス
10月の定例講座では国立民族学博物館の八木百合子先生から、現代に生きるペルー・アンデス先住民の世界観・宗教観を、彼らの「モノ」の文化、とりわけ聖人崇拝と「奉納品」に着目しながら民族学的に繙く研究手法の一端をご紹介いただいた。
ペルー北部ラ・リベルタ州にあるオトゥスコ村の聖母ビルヘン・デ・ラ・プエルタは、17世紀に海辺の町トゥルヒーヨに攻め入ろうとした海賊を、彼女が退散させたという伝承により名声が広まり、以降、地元をはじめペルー北部一帯の人びとの信仰の対象とされるようになった。この聖母に捧げられた奉納品のなかでも、とくにケープと呼ばれる衣装の寄贈はここ半世紀ほどの間に急激に増え始め、そのデザインの多様性や華やかさもさることながら、これまでに贈られたケープの数については、ただただ驚かされるばかりである。八木氏によると、これまでに2,000を超えるケープがこの聖母に贈られたという。
また、八木氏がフィールドワークを行う南部山岳地方アプリマック州の小さな村で見られる聖人崇拝も興味深い。その村の教会には、ビルヘン・アスンタとサンタ・ロサが祀られているが、両聖人に贈られる奉納品において1980年代中頃から質的・量的変化が見られるようになった。村人の主たる信仰の対象が前者の聖人から、後者のそれへと移行した様子が奉納品についての分析から読み取れるのである。八木氏はこうした変化が生じた背景には、ペルーを取り巻く大きな社会政治的動乱(センデロ・ルミノソによるテロ活動)と、それに伴う人の移動が直接関わっていたのではないか、と指摘する。
このように八木氏の研究は「モノ」を詳細に観察・分析し、そこに見出される一定の法則性から、今日まで続くアンデスの伝統社会、そしてそこに生きる人びとの内面性を読み解こうとする点を特徴としていることがわかる。現代・古代を問わず、アンデス社会に大いなる関心を寄せる私たち一人ひとりの心をつかんで離さない講座であった。